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市街地散策

ひさしぶり~~!”夏の”登呂遺跡”

まぁ!何と久しぶりなんだろう!
何十年ぶりに”登呂遺跡”に寄ってみた。
観光客は来るかもしれないけど、静岡市民はあまり来る人は少ないのでは無いだろうか?
入場料無料という事では有るけれど、まず来る事はなかった。

関連資料【登呂遺跡】
http://www.nishida-s.com/main/categ4/toro/toro.htm

CAV27XD4.jpg 
☆復元水田


『昭和18年の第2次世界大戦中、登呂の水田地帯に軍需工場が建設される事になりました。その工事中、水田の下1mの採土から多くの木製品が出土し、さらに水田跡と考えられる杭列も発見されました。工事にあたっていた小長井氏の考慮から一時的に中田国民学校へ採集遺物は収集されていました。間もなく考古学者安本博氏は、登呂が弥生農耕集落の遺跡であり、奈良県唐古遺跡に匹敵する大発見である事を毎日新聞静岡支局にいち早く知らせました。』

CANGB34A.jpg 
☆復元倉庫
『B29の爆撃のため壊滅的な被害を受けていた登呂に再び発掘調査の手が入る日は、昭和22年まで待つ事になります。敗戦によって皇国史観の呪縛から解き放たれた人々は、新たに心の支えともなる正しい日本の歴史を強く求めていました。科学的に実証していく考古学により、日本国家の起源を神話から史実へと書き換えることは、混乱する戦後日本の再構築の第一歩となるものでありました。そうした情勢の中で、地元から、また中央の学会から登呂遺跡再発掘の声が高まりだし、地元では静岡県郷土文化研究会が結成され、静岡市内の中学生をも巻き込み発掘調査の実現に向けた大きな流れの一つになりました。 』

CAMXT79Uのコピー


CAL5C8ZVのコピー


CA0GVXM8.jpg

『竪穴式住居は7m四方程度のワンルーム住居です。入口以外に窓がなく、分厚い傘を覆い被せたような格好ですから、防寒に有利な住宅です。

それに、少し掘り下げた地面を生活床にしていますから、夏は床冷房のような効果もあります。

古代の庶民住宅とはいえ、意外と快適に過ごしていたのではないかと思われます。
室内は、炉を中心にした一室の空間です。居間や台所や食堂、寝室などの空間がすべて内包され、間仕切り壁はありません。当時は、個々の領域は厳重に区画せず、 大家族もお互いに融通しながら柔軟に生活していたように思われます。』



CAKM8ZSI.jpg 
☆高床式復元倉庫
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☆竪穴式復元住居

 


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[2011/01/19 09:27]      [ 編集 ]

こんばんわ~

登呂遺跡すごく懐かしいです~

最後に行ったのは中学生の時学校ででした。

今行った方がもっと楽しめる気がします☆

遅くなって申し訳ありません!
この前はコメントをくださりありがとうございました!
先週土曜はSBSラジオに出演しました。
まだまだですが、頑張っていきますのでどうぞよろしくお願い致します♪
[2009/06/30 02:02]  浅羽由紀  URL  [ 編集 ]















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